2016年09月11日 ハッタリかまして宿のボスキャラ撃破の巻。
 午前5時30分ごろ、テルミナーレ・カーラーンディシュというシーラーズの長距離バスターミナルに到着しました。夜明け前で真っ暗です。売店で紅茶をいただき世界遺産・ペルセポリスへの移動手段を探ります。

 同じスタンドでお茶してる青年と簡単な会話を交わしペルセポリスへ行きたい旨を伝えると「ついて来い」と言うので素直に従うと道路にでました。そこにはたくさんの乗用車が止まっており、青年がドライバーと会話を交わすと私に「乗れ」と言うのです。「え?大丈夫?」「問題ない。高くないから乗れ」と。心配ぎみに車に乗ると後ろに私含めて3人、助手席に1人。運転手含めて5人で出発。本当に大丈夫なのでしょうか?

 どうやらこれが日本になくてイランではポピュラーな乗り合いタクシーのようです。4〜50分、北東にひた走り中継地のマルヴダシュットに到着すると3人は降りてしまい、私と運転手の2人切りになりました。車は10数分走ると日の出直後のペルセポリスの正面入り口に辿り着きました。先に降りた客は運転手に50000IRRを渡していたのでそれにならって同額渡そうとすると「足りない」と100000IRR要求されました。3ドル弱ですね。そんなもんでしょうか?ちゃんと連れてきてくれたのでよしとしましょう。

 午前8時、入場開始。切符を買います。

↑イラン人20000IRR、外国人200000IRRと10倍の差があります。いやねぇ。こういうのは。

 世界遺産・ペルセポリスはヨルダンのペトラ遺跡、シリアのパルミラ遺跡とともに「中東の3P」と呼ばれるイラン最大級のみどころ。ペルセポリスとは「ペルシア人の都」というギリシア語が語源だそうです。
 紀元前520年、アケメネス朝ペルシアのダレイオス1世が建築に着手し、その子クセウクセス1世によって完成された総面積およそ12万5000平方メートルの都です。

 荷物を預けて約500メートル先の遺跡入り口に徒歩で向います。

↑手前の簡易テントがチケットをもぎる場所で遠く見える木々が生い茂るところが切符売り場と荷物預け場です。とっても距離が長いのです。

 さて、この旅行記をご覧の方で将来ペルセポリスに行かれる方はまずいないかと思いますがもしもいかれる方がいらっしゃれば、今から言うことをしっかり覚えておいて下さい。遺跡に持ち込めない荷物を持ってもぎりの場所まで来ると「荷物預けに戻ってその荷物を預けて来い」と追い返されます。つまり約1キロをもうひと往復しなければならなくなります。私はたすき掛けの小型かばんを肩に下げておりましたが持ち込み可でした。しかし次のお客さんは小さなリュックを背負っており「預けに戻れ」と非情なる通告を浴びせられておりました。しかし、その客も引き下がりません。「なら、そこの机の脇に置いといてくれ」と訴えお許しを得ておりました。これがおとなしい日本人なら文句も言わず戻るんでしょうね。

 私はこの非情なシステムを前もって知っていましたので難なくクリアしましたが、知らずに通せんぼくらってたら一気にイランが大っ嫌いになっていたことでしょう。つまり、ペルセポリスという国内屈指の外国人向け観光スポットであってもイラン人というのは外国人観光客をもてなす気持ちはまったくないのです。ここで働くイラン人は何度も荷物を預けに戻される観光客を見続けたことでしょう。「それではあまりにもかわいそうだから、何か対策を立てよう」と、日本人なら当たり前に考えることをイラン人はまったく考えもしないのです。実に恐ろしい連中であります。長々書き記してすみません。どうしても言いたかったことなので。


↑入り口すぐの場所にあるクセルクセス門です。人面有翼獣神像はあまりにも有名。コンディションは悪く、大英博物館にあるそれが最高水準。


↑門とおじさん。


↑アルタクセルクセス2世王墓がある丘から遺跡全体像を写す。


↑牡牛を襲うライオンのレリーフ。ライオンが夏、牡牛が冬を表し、季節の変わりを表しているというのが有力とか。何もそんな血なまぐさい表現しなくても・・・。いたるところにこのレリーフがあります。


↑遺跡内になる博物館の入場料。イラン人30000IRR、外国人200000IRR。外国人なめてます。良い品はみなテヘランの博物館送りにされているそうです。お金を使わないほうがいいでしょう。


↑遺跡内最大のハイライトがこのアパダーナ東階段のレリーフです。特に南向きの階段脇にある王への贈り物を献上する属国の使者のレリーフは保存状態が極めてよく、当時の王朝の権勢がおおいに偲ばれる最高の見所です。


↑その中の一枚がアケメネス朝のお膝元、メディアからの使者。

 約2時間、じっくり遺跡内を探索しシーラーズへの帰路につきます。中継地マルヴダシュットのバスターミナルへはタクシーを使うしかなく料金が言い値の100000IRR。行きの乗り合いタクシーに払った額がここで消費されてしまいました。クソ・・・。マルヴダシュットのバスターミナルからシーラーズのテルミナーレ・カーラーンディシュ(長距離バスターミナル近くの中距離バスターミナル)行きのミニバスが出ておりそれに乗りました。車内の料金表には20000IRRと書いてありますが実際に払ったのは25000IRRでした。だったら20000IRRって張り出すなよ!って誰に文句を言えばいいのでしょうか?

 約1時間後、シーラーズのテルミナーレ・カーラーンディシュに着きました。シーラーズの中心地はここから西北西に約1.5キロです。炎天下、重い荷物を背負って歩いてはいけません。バスターミナル周辺にはタクシーがたむろっており、さかんに売り込みをかけてきますが相手にしません。いくらぼられるか分かったもんじゃありません。かといって彼らにバス停の場所を聞いても無駄です。わざわざ儲けそこなう情報を外国人に教える正直イラン人がいるはずもないのです。自力あるのみです。しばらく周囲の道路を観察していると遠くにバスが走っているのが確認できました。その大通りに出てしばらく西北西に歩くとバス停がお出まし。バスが何台も来ますがシーラーズの中心地・ジョハダー広場にに向うバスがどれかわかりません。たまたま来たバスの助手に思い切って「ジョハダー!!」と叫ぶと、助手は自らの手のひらに指で2桁の数字を描く仕草をしました。「97」と読めました。礼を言って97番を待つとすぐに来ました。「ジョハダー?」と聞くと「乗れ」となりました。やったー!!

 ジョハダー広場に到着し、まずは宿探しです。地歩に経済的と書いてあるアンヴァリーホテルに決めました。一泊800000IRR。約23ドル。

 チェックアウトの時間を聞くと「明日の朝10時だ」とほてるのマネージャー。「早いな」と思いながらお金を払い部屋へ行って一服。壁に張り紙。見ると「当ホテルのチェックアウトは午後2時」と張り出されているではないか(怒)!! 明日は午後5時の飛行機でテヘランに戻る予定なので午後2時チェックアウトの方が断然助かる。さぁ皆さんならこの場合どうしますか?言葉が通じない異国の地でいかなる対処をとりますか? 私はネタ作りもかねて断然、反泣き寝入りです。言葉が通じる通じないなんて関係ありません。観光に出かけるためフロントに行くとさっきのマネージャーはいませんでした。交渉は後回しです。


↑市内のランドマーク、キャリーム・ハーン城塞。入りたいけど、


↑イラン人30000IRR、外国人200000IRRなので抗議もかねて入りませんでした。全世界に入場料差別があることを配信いたします。


↑こちらは先ほどの城塞の正面にあるパールス博物館の入場料看板です。見にくいですがイラン人25000IRR、外国人150000IRR。イラン人の料金はペルシア語のみ、外国人の料金はアラビア数字のみ。ってことは現地の人も後ろめたいって思ってるのではないか? 入場しません。


↑こちらはメスジェデ・ヴァキールという寺院。イラン人1000IRR→約30円。外国人150000IRR→約400円。バカぁ−−−!!

 腹が立ってきたのでバーザーレ・ヴァキールという屋根つき商店街を歩き回ることにしました。
 すると一軒の店で不穏な雰囲気。若い男衆数人が一人の老人を取り囲み威嚇してるではありませんか。その後、店に奥に連れて行き床に寝かすと白い幕で隠し始めたではないですか。

↑写真中央の白い幕の向うに老人が寝かされ若い男衆どもが笑ったりスマホで写真を撮ったりしてます。中から老人のうめき声のようなものが漏れてきます。恐らく下半身を露出させられているのではないでしょうか?

 店に上がりこんで白い幕の中を覗きこんで邪魔してやろうかとも思いましたが一人ではできませんでした。


↑一旦、この場を離れ戻ってみると白い幕は外され老人がいなくなってました。

 白昼、実に嫌な場面に遭遇してしまいました。もしや老人が万引きでもしたのかもしれません。その制裁としての私刑か?とも考えましたが、たとえそうであっても、気分のいいものではありません。

 食事はまずいし、どこもかしこも入場料が外国人料金だし、どこのバザールも似たり寄ったりだしで飽き始めたところにこの破廉恥な出来事です。「イラン、もういいか・・・」って思った瞬間でした。

 さて、明日はシーラーズの空港に行かねばなりません。市内に見所も少なく時間が余ったので明日、パニックにならないためにバスで空港に行く方法を予習することにしました。例の97番バスが空港に行くというのでジョハダー広場からバスに乗りました。乗り始めて約30分。ドライバーが「空港だろ?ここで降りろ」と言い出しますが明らかに空港ではありません。頭の中が???となっていると、ドライバーは一緒に降りた客に一言二言。「この人についていきなさい」と。素直に従うと東へ歩いて200メートルのバス停に移動しました。なるほど、違うバスに乗り換えるということですか。乗るべきバスの番号を覚えたところで明日のための予習は終了。ジョハーダ広場へ戻るべくまた97番に乗ったはいいのですが、すんなりとはジョハーダ広場には戻らずバスは北東の奥深い山へとどんどん進んでいくのでありました。どうやらこのバス、始点と終点を単純往復するバスではなく、大きい円を描く循環バスのようです。終点らしきところに着く頃には客は私一人。観光客が一切寄り付かないエリアなので車窓は楽しいのですが、客が減るたびに心細いこと心細いこと。今更引き下がれず乗り続けるしかありませんでした。終点で降り一台やり過ごし、次の97番に乗ってジョハーダ広場まで乗りました。ドライバーに10000IRRを渡すとなんとそのドライバーは5000IRRのお釣りをコインで返してきたではありませんか。近距離は5000でそうでないのは10000かな?と思っていたところそうでなくどうやら一律5000のようです。ということは、空港行きの予習で97番に2回乗り降りるたびに10000を渡しお釣りが来なかったということは各ドライバーがぼったくったということになります。5000IRRは約14円くらいですけどね。いろんなことが旅にはあります。

 ホテルに着くとさっきのマネージャーがいました。早速タイトな交渉です。「部屋の張り紙には午後2時チェックアウトとあるがさっき午前10時と言ったよね?どういうこと?」「午前10だ!」「はぁ?なら、あの張り紙は間違い?」「間違いではない」「なら、嘘か?」「嘘ではない」「なら午後2時にしてくれ」「だめだ。午前10時でOKって言ったではないか」「知らなかったからだ。もしや、外国人だから、日本人はおとなしいからって10時にしたんじゃないのか?」「そんなことはない。とにかく10時と決めたじゃないか」

 まぁこんなやりとりです。あきれ返って鼻血もでないので伝家の宝刀を抜くことにしました。とりたくはない手段なのですがこうなってはしかたがありません。私も2時チェックアウトが明日の都合のためにはよく引き下がれません。

 伝家の宝刀、抜きました。(伝家の宝刀が何か?詳しくは書けませんが、たいしたことではありません。要はハッタリをかますのです)

 するとマネージャー → 「OK。午後2時でいいよ」

 試合終了!!

 日本から持ち込んだ食料を食べて就寝。見所の少ないシーラーズで明日はどうやって過ごそうか・・・? 贅沢な悩みである。
収支
紅茶 -20000IRR
乗り合いタクシー ペルセポリス行き -100000IRR
ペルセポリス入場料 -200000IRR
タクシー ペルセポリス→マルシュダヴィッドバスターミナル -100000IRR
ミニバス マルシュダヴィッド→シラーズ -25000IRR
バス バスターミナル→シラーズ中心地 -5000IRR
ホテル -800000IRR
コーラ1.5L -25000IRR
バス 中心地→空港近く -10000IRR
バス 97番に乗って街周遊 -10000IRR
バス 97番に乗って街周遊 -5000IRR
水1.5L -10000IRR
なぜか増えてた 150000IRR

残金
3061000IRR、370$、10000円、35.85MYR

レート
1$=103円 1$=35400IRR(イランの通貨 リエル)
2016.09.10 2016.09.12
Index
TOPへ戻る